2006年10月27日 (金)

あたらしい毎日

昨日 娘ともども元気に退院することができました。

先週の金曜の夜、あわただしくでていった
時と何もかわらない部屋に彼女を抱いて入った
瞬間、涙がこぼれてしまいました。
私の私だけのための人生は
この赤ちゃんの誕生とともにF i n a l eです。

何も 思い残すこともありません、
最高のかたちで 終わりにすることができました。

この約10ヶ月 すでに十分に親孝行をしてくれた娘です。

高齢な私につわりの苦しみを与えないでくれたよね
切迫早産や大きなトラブルになることなく
毎日ストレスを感じることもなく限りなく普通に近い
生活を送らせてくれたよね、
お腹のはりもそんなにひどくなかったから
早くから胸のマッサージもすることができたよね、
そしてちょうどよい大きさで
負担にならないように、スルスルって
上手にでてきてくれたんだってね、
看護士さんがほめてたよ。
40週と2日間 本当にありがとう。

これからは 
この子にたくさんの愛情を注いであげたいと
思っています。
いつか 彼女が大人になって
この家に生まれてきてよかった
って思ってもらえたら
ほんとうに心からうれしい・・・・。

◇ 出産まで ◇
今思うと、結局、これが「おしるし」というものは
なかった。
金曜夜、彼が海外出張から戻る日、お腹も安心したのかな、
19時ごろ夕食を終えたあたりから
生理痛のような痛みがあった、けれど
なんだか さすがに今週じゃないような気がして
違うと疑わなかった、
が、しかし 20時、これ ありえるかもぉ~、と
思い始める、だって 非常に定期的、
そして時計をみてカウントを開始、
10~12分、まじじゃん、と
もしもそうなら 0時を回る前に病院に入っておきたい、
深夜の移動よりも、
と 最後のパッキングをはじめる、
このあたりで 羽田から電話、あと1時間くらいで
戻るとのこと、
だんだん ますます規則化してくる、でも
このときはまだまだ余裕の痛み、
病院への連絡事項の項目や持ち物リストの確認、
ダイニングの整理などをして待つ、

ようやく彼が戻ってきた、
荷物を置くやいなや、この最高のタイミング?で
陣痛がきてることを知って大動揺、
とりあえずここで病院へ電話。
「きてください」とのこと。
呼び出しタクシーを呼んで、23時25分、ちょうど
英語でしゃべらナイトを見て
家を出発。
0時 病院へ、
あらら、なんと車椅子が。いやそんなに、と
恐縮しながらも もしや生まれてはじめてか?の
車椅子での移動。
まず 体重を測定させられる、59キロか、
結局私の最終増加は10.5キロなり、だ。
そして 先生登場で内診台へ、
2センチ、でも 入院しましょう、とのこと。
「陣痛苦しみ台」へ向かった。
なるほど陣痛ってこういう痛みなんだ、って
ようやく理解、
かわいそうだなぁ、昨日も夜でかけたりして
ほとんど寝ていないのに、この時点では
私より疲労困憊の彼が横で
すでにボーゼンとしていました。

監視台の装置がお腹につけられて
その音だけが響いてる、蛍光灯が明るすぎるくらい
こうこうとついてる、
もっと 環境音楽に あったかい間接照明に
しろよ、と余裕でつっこめたのも
3時までだ、
この間 GBSの点滴も打たれる、
うでがふさがれるとつらいわ。

3時を過ぎると
まじな陣痛、モニターの音が弱くなるのが
痛みのはじまるサイン、
きたきた、いたーいっ!!!!
終わった点滴のついていたポールに
しがみつく、痛い、痛い!
持ってきた ゴルフボールも
うちわも何も必要なし、
アロマなんてそんな余裕がどこに
ある、飲み物も病院にきてからは
3口飲んだだけ。
吸ってはいての呼吸をかろうじて
やっているけど
吐くというよりうなってるって感じ
んーっいたぁーいなんて
かわいいタイプのものではなくて
女子プロレスのうぉっいだぁ系のうめき声に
なってる。こんなのあと何時間続くの?
今 10だっだらどこまできてるの?
看護士さんは今いちばんつらいときですから
っていってはくれたけど、ほんと
つらい。でも もうすぐだ、ってなぜかもうやめて
って思う気持ちはなかったかも。
痛みに さらに 便意というか尿意というか
熱いものが下がってきている感じ、
7センチといわれてから1時間後ぐらいかな、
いよいよ内診で全開です、との声が聞こえた。
このとき 熱いお湯みたいなのが流れて
ああ これが破水なんだって思った、
誰かにささえられていたのか
自分で歩けたのかよくわからないけれど
とうとう分娩台に上った、下のほうでは
看護士さんがたぶん毛をすこしそっていたのかな、
「頭見えてるわよ、がんばって」
3人の看護士さんに見守られてた、
みんな優しい、
ここでようやく医師登場、
冷静そうだけど 無言・・・
でてきてるのかでてきていないのかわからなかったけど
数秒?数分あったのか、
赤茶色の物体が目の前に現れて
1,2秒後に泣いていた、
あの何度もテレビやビデオで聞いた
お母さんからでたばかりの赤ちゃん、
ずっとずっと私の赤ちゃん、泣かなかったらどうしよう
って不安だった、でも泣いてる、
ワーワー泣いてしまった。

赤ちゃんはすぐに目の前に差し出されたけれど
かわいい、それしか言えなかった。

それから 彼女はすぐに別の部屋でのチェックのために
つれていかれ、静まり返った部屋では
後処理が行われた。先生がなにか縫っていた。
チクチク痛かったけど、痛いっ、と言ったけど
無視され、すべての処理終了後、
「終了です」と言っただけで
立ち去ってしまうくらい、お産というドラマには
不適当な先生だったけど、まぁどうでもいい、怒りの
感覚は完全に麻痺してたから。

しばらくすると 赤ちゃんがもどってきました。
私の横に置かれて、数十分、彼も入れてもらえて
3人で過ごすことができました。
彼は 出張明け完徹になっちゃって
よくがんばってくれました。
もう笑顔で 携帯で 撮影してた。
お腹はちょっと痛かったけど
意識もしっかりしていました。病室に移されるまで
どのくらい分娩室にいたのかはよく覚えていないけれど
病室に移されて 2時間くらいぐっすり眠ったら
確か9時ぐらいになっていたはず。
さっそく 朝食を食べ、
担当の人が来て 今後のスケジュール説明など
してくれました。
もう午後からは母子同室だとのこと。

こうして6日間の入院生活がはじまっていきました。
苦手な集団生活もこれだけ境遇の似た集団が集ってるわけで
あまり苦痛でもなく、
体調も2日目くらいからは横浜あたりなら買い物もいけそう
ってくらいに元気でいられたし、
ただ母乳大推薦の病院だったので
まだまだピューピューでるまではいかない私の
母乳ではなかなか足りずに授乳後の搾乳と
とにかく1日中 おっぱいとともに みたいな毎日でした。
助産婦さんも看護婦さんもとてもやさしくて
ここで出産できてよかった、

退院が近づいてくるにつれて
ひとりになったら些細な心配事に答えてくれる人は
いないんだ という不安もでてきたりしながら
26日の退院日の朝を迎えました。

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2006年10月21日 (土)

生まれました

今朝5時23分初めの陣痛から約10時間で 娘が生まれてきてくれました。2798グラムで大きな泣き声を聞かせてくれました。

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2006年10月20日 (金)

まだ?のプレッシャーもなく

よくうっとうしい義父母、実母あたりからの
「まだ生まれない?」という
電話攻勢があるっていうけれど
皆無。
まったく私は恵まれたお嫁さんです。
母の場合はおそらくとてつもなくできてしまった
深い溝のためにかけてこないんだと思うけど。

陣痛誘発での分娩って
昨日の時点ではあまり知識がなかったから
そうなる場合もあるのでは?くらいに
思っていたけど
ネットで見てみると、
かなりネガティブだ。
ほとんどそう告知された妊婦さんは
恐怖におののいている場合が多いし
心配しなければならないケースみたい。
ただ 実際に
こうなってしまったけれど
無事に出産しました、という報告がほとんどだった。
だけど
仕方がない以外にどうしようもないわけだ、
としかとらえようがないもの。

今日も体調はかわらずで
ときどき中の風船が膨らむようにお腹が
張り、生理痛のような痛みが。
だけど 測るまでもなく 不定期な痛み。
尾てい骨から腰痛へ痛みが移動。

横浜あたりまで フラフラしに行きたいなぁ
という気分だったけど
ご近所散歩で終わってしまった。
ザ・たいくつ、ですね。

これしか動いていないのに
夕方ソファでウトウト、へんな体制で
居眠りしてしまったせいか 
寝違えて 肩まで痛い今。

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2006年10月19日 (木)

40週検診

約10ヶ月、冬そして春がきて初夏、
真夏そして
このさわやかな秋、この予定日めざして
のんびりな間抜けな日々だったけど 
ところどころにもうだめだと
どうしようもない日もあり
精神的にはいつだって
ローラーコースター状態、
そして
こんなにも
何かを待ちわびたなんて何年ぶり?

そしてとうとうその出産予定日、
カレンダーに○が
しっかりついている日がやってきました。
結局、
ただの主人不在の秋晴れの木曜日に
なってしまったけど
10月19日、予定日、今日でした。

彼は とても気にしながら一泊だけど海外へ。
そして私は午前中、検診です。
今日は 別フロアで ノンストレステストもありました。
ベッドに横になり 30分心拍音を聞きます、
そして 看護士さんに動いたらこのボタンを
押してください、と言われたんだけど
待てども待てども動かん、ちょっと、
動いてよ・・・・あらら とうとう終わっちゃった、
「どうしましょう?」と聞くと
そういうことはよくあること、とのことだったけど、
おとなしいですね、あいかわらず。

それからまた産科外来へ戻り診察です。
先週と同じ 話やすいけど
内診激イタの先生だ、といきなり先週の痛みを
思い出し早くも恐怖が。

さて前駆陣痛きたか!と昨日感じては
いたものの超音波ではそうでもないとのこと。
あらら 今日明日ってわけでは全然ないみたい。
そして
このまま経過をみて
来週中もこのままとなるといよいよ分娩誘発しながら
の入院出産となるようです。
予約日が30日、31日です。
まだあまりネットや本で調べていないけど
同意書を求められるくらいだから
促進剤も100%安全ではないの?
ちょっと不安。
それに点滴もするらしい、
私GBSでの点滴もしなければならないのに。

そして内診。
開き直って楽にして力抜いても、
痛いものは痛いよ、ああ痛かった、
しかも子宮口は やはり2センチちょっとだけ。

と以上でした。
そしてなんというサプライズ、会計のところで
母親教室で一緒だった友達が先週の出産後
退院の手続き中でした。
赤ちゃんをしっかりだっこして、かわいい~、
ちょっとだけ話して、またの再会を約束して
今日の病院は終了。

私の体重、血圧、尿はほぼ変化なし、むくみだけは
相変わらずややあり。
そして 
推定体重は2931グラムです。
理想的、今週末か週明けに生まれてくれるのがいちばん
なんだけど・・・。でもいいよ、
お腹の中にもう少しいたかったら
今までほんとうにいい子にしていてくれたからいても。
いつ生まれてきても
大歓迎だからネ!

2006_10_19_a

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2006年10月18日 (水)

明日 予定日

予定日でもあり検診でもある明日、
どうなんだろう?
私のお産は進行しているのでしょうか?

おしるしってなくても
陣痛はじまるんだっけ?
何気に昨日の夜から
ちょっと生理痛っぽい痛みや
あとぐわぁ~んとなかから大きく押されることが
ある。
「破水からはじまるお産だと
感染しちゃうから一刻も早く病院に行かないと
だめなんだよ、」 って昨日彼に話すと
ハスイ?ってなに、きょとんとしてた。
こんなもんなんでしょうかねぇ・・・

昨日から報道されている奈良の妊婦さんが
出産してすぐに受け入れ病院を18箇所も
断られたあげくに
死亡してしまったニュース、
そして 夫の
「つらいつわりのときも 一生懸命
ごはん作ってくれたいい妻でした。」との
コメントと あの赤ちゃんの顔に不覚にも涙を
こぼしそうになってしまった。

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2006年10月17日 (火)

土曜日までお腹にいてくれる?

予定日は19日の木曜な私ですが
彼は
なんとこの木曜、金曜と日帰りながら
海外出張だとさ!

別に普通に会社に行ってても
昼だったらひとりで病院には行くわけで
大問題ってわけでもないけど
もう私たちにとっては次もなにもないわけだし、
やっぱり語り継がれる父不在よりは
居て欲しい。
そんなわけで土曜まではお腹の中にいましょうね、
いてね、いてください なのです。
昨日 お義母様からとどいた
高級メロンももう少し食べたいし。

今のところ普通に胎動はあるし、
おしるしもなし、
つまりぜんぜん気配なしなんだけど
こればっかりは想定外のかたまりのようなもので、
なんともいえないけど。
というわけで
金曜日までは
過激に歩き回ったり
安産体操もしすぎないようにていようと思います。

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2006年10月16日 (月)

パッキングなどしてみる

まだ予定日ではないのに、もうハイ行くよ、って
いってしまいたい気分。
いつも目についても掃除なんてする気がしない
オーブンのダイヤルの細かいところとか
一生懸命拭いてしまうのはなぜ?

とりあえず袋に入れるだけ入れておいた
入院準備品をパッキングしてみる、
こういうことでも
意外と安心できるもんだ、
これで真夜中の破水でもなんでもきてみてよ、
って少し落ち着いた。早めに
つめておいてよかったかも、
これ破水したり、陣痛がひどくなってから
やったらパニックに加えて
体もきつかった。

そして尾てい骨完治したわけでもないのに
いいお天気のせいか、
どうしてもでかけたくなり
バスにのってユザワヤのある街へ、
提出課題のための材料を買いに。
退院してすぐには針なんてもてないのかもしれないけど
ユザワヤにまず平日は行けないから。
ここにはアロマの成城石井があるので
のぞいてみると産後ケアのマッサージオイルが
入荷していた、でもテスターで試してみると
あまりにも好みの香りでなかったので
やめました。ジャスミンもなんだかいまいち、
たぶん今まで使ってた陣痛には関係ないけど
マインド系のオイルだけ持参しましょう。

3時間のフラフラ町歩きが限界のようで
家に着いたときはかなりの腰痛になっていました。

そうそう同じ病院で検診していた
母親学級のお友達、無事生まれたよ~のメールが
入りました。一緒に入院できるかなって
思っていたのに。私はたぶん40週の検診にも
行きそうです。

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